インタビュー

撮影に集まってくれた名人会の有志の方達。



ー 梅園温泉にはどんな歴史がありますか?

平野:もともとは個人の方が多くの人の役に立てば、ということで大正五年に建てました。元は梅園温泉という名前ではなくて「新竹瓦温泉」という名前でした。当時は砂湯もありましたね。
出来てから3年ぐらいして、持ち主が街に寄贈したいということで市に寄付をしたんです。そして新しい名前をつけることになり、今は元町ですが、もともとの名前が梅園町だったので梅園温泉という名前になりました。

ー なるほど。今の梅園温泉は再建後の温泉になりますが、どのような経緯があったんでしょうか?

平野:長い歴史のある梅園温泉ですが、2016年に地震が起きましたよね。実はその年の12月にちょうど梅園温泉が100周年になる年だったんですよ。それでみんながお祝いしようと言っていた矢先に取り壊しが決まってしまって。竹瓦温泉の2階で取り壊しの説明会があった時に、最初は誰一人「再建しよう」とは言わなかったんです。しかし、話していく中で「今日を出発の日にしよう」ということになりました。そこで、誰が中心になってやるかということで私に矢が降って来ました(笑)

ー きっと平野さんならやってくれるというみなさんの期待があったんじゃないですか?

平野:かもしれませんね。以前波止場神社の修復工事の時にも、私が多くの人を巻き込んでやったんです。その結果見事に修復できたと喜んでいた矢先でした。

特別に許可を得て、などとは書きませんが
勿論普段はタオルなどは湯船につけません。



ー 梅園温泉再建の際にはクラウドファンディングもされていましたよね。

平野:ありとあらゆるものを駆使していました。結果的にクラウドファンディングでは60万ほどしか集まりませんでしたが、それ以上に多くの人に名前を知ってもらうことができました。そこに意味があると思います。おそらく全国の人に知れたし、色々なニュースや新聞に取り上げられました。別府の震災復興のシンボル的な一つである梅園温泉を通して、同じ震災経験のある熊本や福島に少しでも元気を与えられたらなということで頑張ってみようと思い、始めました。

ー 実際再建にはどれぐらいかかったんでしょうか?

平野:2年ちょっとかかりましたね。

ー 1番大変だったことはなんでしょうか?

平野:今まで別府は共同温泉を1から建て直したことがないんですよ。しかも市営温泉じゃないので、資金繰りから設計から全部やらなきゃいけなかった。思った以上に大変でしたね。
色々と動くうちに、私が取り組んでいる問題は梅園温泉だけの問題じゃないと思うようになりました。別府市内には共同温泉が100か所ほどありますが、どこも経営が苦しい。今回梅園温泉をベースにそれぞれの温泉の課題点を整理して、今後他の場所でも役立つような取り組みをやろうということでスタートしました。

入浴マナーも温泉によって違いがあるのが別府温泉の面白さの一つ。



ー なるほど。それで再建に成功して、先日の竣工式に至るわけですね。

平野:別府には沢山の温泉があるので、人に来てもらう為にはインパクトや個性が重要だと思っています。梅園温泉はまず街中、飲食街の中にあります。昔は分かりにくい路地の奥にありました。歴史も100年と長く、共同温泉の中でも珍しいのですが、自前の源泉を持っています。お湯の泉質も良いし、程よい熱さに源泉100%で入れる。こんなに個性的な温泉は他にはないと思います。だからこそ、しっかり守ってPRすると決めました。

ー 再建するにあたり、100年の歴史がある当時の梅園温泉を再現するといったことは考えませんでしたか?

平野:デザインのコンセプトはレトロ感を出そうということでしたが、今から作るのに入りづらい温泉を作るわけにはいかない。最初は資金もなかったので、もう露天風呂にしようという意見もあったんです(笑)柵で囲って浴槽だけのね。許可されるわけないんですが(笑)
別府市の温泉課に行って相談しながら、建蔽率やバリアフリー設計などの問題も考え、予算との折り合いがつくところを探しました。
竹瓦温泉のように木造で建築することももちろん考えたんですが、消防法などの規定で今は建設が難しい。そういう部分を無視することはできないですからね。

ー 何かこだわった所はありますか?

内装の色合いを気にしたり、タイルを引いたり、脱衣所は木にするなど、シンプルにすることを心がけました。1番のこだわりは梅の皿です。僕の所有物で、展示会で展示するほど貴重なコレクションでしたが、温泉に展示していればいつでも見てもらえるということで寄贈しました。たまたま僕が梅が好きで、梅の絵柄ばかり集めていたんです。

梅の花をイメージした小皿がディスプレイされている。
この小皿は平野さんがコレクションした明治〜昭和初期のアンティーク品。



ー ありがとうございます。最後にこれから梅園温泉に来る人にどんなことを伝えたいですか?

平野:梅園温泉は多くの人の気持ちがこもった温泉なので、沢山の人に来てもらって体も心も癒してもらいたいですね。最近の日本は色々災害も多いですが、その中で復活した温泉ということで、来てくれた人に元気になってもらいたい。元気になってもらえればそれが一番だと思います。

梅園温泉の足湯。



地元の方の憩いの場所になるかもしれない。



梅園温泉は別府でも数少ない飲泉可能な泉質。
足湯の蛇口からも無料で飲むことができる。



梅園温泉竣工式 フォトギャラリー




モデルプロフィール

名前(左奥から時計回り) Name 年齢 職業 出身
生田 啓一 Keiichi Ikuta 52歳 団体職員 大阪府
佐藤正敏 Masatoshi Sato 46歳 ヘルパー 大分市
平野芳弘 Yoshihiro Hirano 67歳 平野資料館 館長 別府市
葛城 祥典 Yoshinori Katsuragi 51歳 トラック運送業 別府市
竹内望 Nozomi Takeuchi 52歳 会社員 新潟県
小井明日香 Asuka Koi
湯巡亭 風呂美
(Furomi yumeguritei)
46歳 フリーライター 福岡県

ー 以下、個別インタビュー。

梅園温泉組合長 平野芳弘さん


ー 名人になろうと思ったきっかけは?

もともと温泉道の仕組み作りから仲間と一緒に携わって来ました。そのうち仲間がどんどん色々な温泉に行きだしたので、私も名人になっておかないとまずいなということで名人になりました。まだ一巡目なんですが(笑)
私のホームグラウンドは竹瓦温泉なんですが、竹瓦だけなら何回も名人になれるくらい子供の頃から入っていますよ(笑)

ー 梅園温泉について一言お願いします。

ここが私の生誕地で、本当に小さい時から竹瓦温泉や梅園温泉にしょっちゅう入っていました。そういう子供の時からの思い出がぎっしり詰まった温泉で、なくてはならない温泉です。

ー これから別府に来る人に一言お願いします。

別府は昔から温泉地として非常に有名な場所ですよね。別府には温泉もあるし物価は安いし、環境、景観もいいし非常に暮らしやすい。しかも最近、別府は全国でリタイアした後に住みたい街No.1になったんですよ。それはなるべくしてなったと私は思っています。別府の良さが多くの人に知れ渡ってきたなと。別府に来ていつも温泉に入れる暮らしをしたら、他所(よそ)に住みたくなくなりますよ。

NPO法人別府八湯温泉道名人会理事長 佐藤正敏さん


ー 名人になろうと思ったきっかけは?

別府でタクシーの運転手をしている時に、お客様から「どこかいい温泉ないですか?」とよく聞かれることがありました。その頃は「ひょうたん温泉」と「湯の里」くらいしか紹介出来なくて、温泉に詳しくなりたくて温泉道を始めました。
その後、名人会というものがあることを知って、温泉祭りのバスガイドがやりたくて名人会に入りました。

ー 梅園温泉について一言お願いします。

温泉道を始めた時に88湯目の最後にスタンプを押すことを決めていました。昔の梅園温泉は街中の秘湯で、どこにあるか分からず何度も迷ってしまって。僕にとっては思い出の場所ですね。
地震で取り壊しになった時も必ず再建は出来ると思っていました。更地にお薬師さんがポツンと置かれている時も、必ず新しい場所に祀ってあげたいなと思っていましたし、有名な占い師のお墨付きももらっていましたから(笑)
実際に2年で目標の金額を集めて再建することが出来ました。

ー これから別府に来る人に一言お願いします。

別府は中まで入って、人と繋がってこそ面白い街だと思います。有名な観光地を巡るのももちろん楽しいですが、それ以上に地元の人間と触れ合うと別府が好きになると思います。
別府に来るなら是非そういう旅をして、地元っぽい人を見つけて話しかけて欲しいですね。

生田 啓一さん


ー 名人になろうと思ったきっかけは?

温泉ソムリエのステップアップセミナーを別府に受けに行った時、その後の交流会に参加したら名人会が主催したセミナーでみんな名人でした。
とりあえず名人にならないとということで半年ぐらいで名人になりました。

ー 梅園温泉について一言お願いします。

温泉銭湯に入りに行く人が減ってる中で頑張ってほしいです。

ー これから別府に来る人に一言お願いします。

こんなに温泉銭湯が安くていっぱいあるところは他にないから、楽しんで欲しいです。

竹内望さん


ー 名人になろうと思ったきっかけは?

別府八湯温泉道を始めたのは3年前。
先行して始めていた九州温泉道をしていた折、別府八湯温泉道もちょくちょく見掛ける様になったので、そちらもしてみようかと思いました。
温泉に関する資格取得だけではなく、入湯実績や温泉経験についても、それを証明する様なステータスとして興味を持ったのだと思います。
元々、旅行好きで全国巡りをするうちに、温泉にも行っていた経緯があります。
初別府は20年前で、駅前高等温泉と地獄めぐりでした。この当時にはまだ「別府八湯温泉道」はなく、再び別府に来たのは6年前で、この頃は観光よりも温泉巡りの趣味が主でした。全国的に有名な温泉や珍しいお湯や秘湯について興味があって行っていましたが、温泉道はまだ認識がなく、それまでは自己流の湯巡りでした。

ー 梅園温泉について一言お願いします。

使い古された感のある復興・再生という言葉だけではない、新たな歴史の創造や人の交流というwordが思い付きます。
地域住民だけではなく、別府八湯を愛する人達の力添えがなければ梅園の再生には至らなかったと思います。世間一般には廃止される共同湯・温泉施設は珍しくなく、現実的には厳しく、この様なケースは非常に稀なことだと思います。その感謝を忘れず、訪れる人には恵みを与える。そういう場であって欲しい。それが新生梅園 の恩返しというか、与えられた使命の様なものかと思います。
自分が旧梅園温泉に入湯したのは5年前のことで一期一会でした。当時は温泉道にも参加していなかったし、特別な思い入れがあった訳でもありません。
しかし、別府に来る機会が多くなり、別府八湯温泉道の名人にもなり、更には名人会の人達との交流が広がりました。それがなければ、自分もこの活動を支援することはなかったかも知れません。まさにそのご縁に対する感謝だと思います。

ー これから別府に来る人に一言お願いします。

自分が初めて別府に来た頃は温泉道もなかったし、普通のガイドブックを見てのチョイ寄りでした。今は温泉本の様な情報誌もあるし、各種サービス提供や別府での楽しみ方が紹介されています。とりあえず初めはそういったものを参考にして、観光ついでに気軽に2、3湯から始められる感じでもいいのかもしれないですね。時たまリピートしながら、徐々に別府に慣れ親しんでいって欲しいと思います。自身は4、5年前までは年1回ぐらいの別府でしたが、今では平均月1ぐらいは来ていますから。

葛城 祥典さん


ー 名人になろうと思ったきっかけは?

4年前に八木みちるさん、三笠雅子さんとお会いしてお二人も当時、名人を目指して頑張っていて、お二人さんに勧められて自分も名人を目指して頑張ってみようとチャレンジしました。

ー 梅園温泉について一言お願いします。

今後も地域活性化の為に長く存続して、多くのお客さんに満足いく温泉になるよう応援していきたいです。

ー これから別府に来る人に一言お願いします。

別府市は温泉湧出量が日本一豊富で、自然も多く食べ物も美味しいので、是非観光に来て貰いたいです。

小井明日香さん


ー 名人になろうと思ったきっかけは?

初めは別府八湯温泉道のみどりのタオル(三段)が欲しいだけでしたが、続けているうちに別府温泉の魅力にハマったからです。

ー 梅園温泉について一言お願いします。

今から100年後に、どんな共同温泉になっているのか楽しみです。

ー これから別府に来る人に一言お願いします。

いろいろ考えるより、まずは別府に来てみたら、人生が変わるかもしれませんよ。


ー 追加
撮影には参加出来なかったですが、竣工式に来ていた名人会の石井さんが梅園温泉との思い出について熱い想いを語ってくれたので、こちらも掲載しておきます。

石井靖史さん


ー 名人になろうと思ったきっかけは?

2014年に出張で別府に滞在するようになって、最初はホテルの大浴場で満足してましたが、インバウンドの人が多くてちょっとマナーが悪い人がいまして。
そいえばホテルの近くにも共同湯がいっぱいあるなと思い入ってみたら、これはけっこういいぞと思って色々巡っている時に名人会事務所で温泉道を知ったのがきっかけです。


ー 梅園温泉について一言お願いします。

梅園温泉との出会いは、別府に滞在して暫くしてから別府の街歩きに参加した時、紹介されたことがきっかけです。こんな狭い路地に温泉があるのか?って驚いたのを覚えています。
それから入ってみようと後日探したけど見つけられず(笑)やっとの思いで見つけて入浴したのを覚えています。ボコボコと音を立てて源泉升に湯が湧いているのが印象的でした。

それから梅園温泉が気に入って、温泉道湯巡りの締めの湯にほぼ毎日行くようになりました。
地域の商店街の店主さん、居酒屋の大将など同じ時間帯の常連さんに他所から来た自分を受け入れてもらい、いつしか梅園温泉での裸の付き合いや、何でもない世間話が楽しみになっていました。

それから何年かして地震があって取り壊しが決まって…ショックでした。
梅園温泉最後の営業日は帰る日だったので、最後の湯は前日に行って、常連さんたちともお別れしました。でも、空港に行ったら霧が濃く、帰りの飛行機が着陸できなくて引き返すことに。そのまま別府に戻って最後の日の梅園の湯に入ることが出来ました。今もこれは温泉の神様が最後の湯に入っていけと霧を出してくれたと思っています。
常連さんたちとも絶対に再建させて、ここでまた梅園の湯に入ろうと誓い合って100年目の梅園温泉の歴史は幕を閉じました。

それから再建委員会が立ち上がり、自分もできる範囲で微力ながらお手伝いしようと募金活動やPR活動に参加してきました。去年再建されて竣工式に参加できたこと、一番湯をいただけたことは人生最高の喜びだったかもしれません。これからも行ける日は梅園の湯に癒されに行こうと思います。

ー これから別府に来る人に一言お願いします。

別府は湯も温かいけど人の心が温かいよー、癒されに来てくださいませ!


クレジット



写真撮影・インタビュー:東京神父
撮影協力:梅園温泉、別府市、別府市温泉課、別府八湯温泉道名人会。

撮影のメイキングはこちらから。
イラストに込められた想い。

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