インタビュー

天然の化粧水「メタケイ酸」たっぷりの温泉



ー 今日はよろしくお願いします。菅野さんは「湯治(とうじ)」を世界に広める為に活動しているとお聞きしたのですが。

菅野:そうですね。シェアハウス「湯治ぐらし」の代表をしながら様々な活動をしています。

ー 私事なんですが、昨日猫島(深島)に行って来たんですよ。山の中の坂道を登って灯台で撮影したり久々に自然を感じられたんですよね。温泉に入ることもそうなんですけど、東京にいると感じづらくなっている感覚みたいなものがあって、温泉に浸かって、光を浴びて、風を感じて、静寂を聴いたりすると思い出すことがあるというか。
「静寂を聴く」って外の音だけじゃなくて、自分の中を見つめ直すみたいな意味もあって、そういう感覚って湯治と通じるものがあるのかなって。昔は病気を治すって文化だったとは思うんですが、今の時代の湯治って喧騒が溢れている環境から離れて、もう一回自分のライフスタイルをシンプルにしてみるってことなのかな?って勝手に思ったんですよね。


おっしゃる通り、そうなんですよ。
湯治は元々は心身を治癒する、病気を治すっていう意味が大きかったんですよね。ただ、WHOの健康の定義にもあるように「健康とは肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」なんですね。つまり、体だけが丈夫でも心が病んでいたら意味がなくて、私もその3つが凄く大事だと思っています。
私が温泉にハマったのは元々は観光からのアプローチで、温泉に行きたくて行っていたんですけど、段々と温泉の質のこととか、環境のこととか、そこで編まれた文化だったり、温泉という泉の中に集まって来た人達が営んで来た文化って素晴らしいなと感じることが増えてきて。日本にはそういう場所が沢山あるんですよ。

ー たしかに別府温泉だけが良い温泉地という訳ではないですからね。菅野さんが湯治を広めたいと思ったきっかけはなんだったんでしょうか?

温泉旅行を続ける中で湯治という言葉に出会ったんですね。特に東北の方で湯治って盛んなんですけど、身体を直す為に高齢の方が温泉を活用している文化だと知って。
一方で私は農作物を作って腰が痛いとか、何か持病があるとか、そういうことはなかったんですが、東京でバリバリ仕事して自分の中に溜まった何かを放電させる為に温泉に行ってたんですよね。スマホもパソコンもパンツも手放して、すっぽんぽんで入るってことの幸せ。好きだから抱きしめたいのに抱きしめられない、逆にいつも温泉が抱きしめてくれる、こんないびつな自分を。
それに気付いた時に「これって湯治じゃない?」って思ったんですよね。頑張りに行く観光じゃなくて、自分の為に自分の「肉体」と「精神」をリラックスさせて、その「社会」で編まれた文化を知ったり、お婆ちゃんの話を聞いたりすることが湯治なんじゃないかなと。
昔は温泉が薬の役割を果たしていたので、温泉場の近くにはたいてい薬師寺や薬師如来があって、仏教と結びついていたんですよ。そんな背景もあって温泉文化が日本に浸透していったんですね。だから、それに触れると心が揺さぶられるんですよね。日本人で良かったなと思う瞬間でもありますね。
温泉旅行に行くことで、溜まった電磁波みたいなものを放電して、良い気を充電して東京に帰ってまた頑張れる。心の栄養ドリンクみたいな感じだったんですよね。
もっとこの湯治が日本の中で当たり前になって欲しいと思ったんですよね。東京だと隣近所に誰が住んでいるかも分からない生活の中で、やっぱり心ってどんどんすさんでいくサイクルの中にあるので、こういう時代だからこそ効き目があるんじゃないかなと思ったことがきっかけですね。

温泉を愛でる



ー 身体だけではなく心の垢も落とすことが大事ってことですよね。本来の湯治って宿に長期間泊まって毎日温泉に入って、ゆっくりして病気を治すことだと思うんですが、そういういわゆる湯治場や湯治宿と菅野さんが言う湯治って少し意味合いが違いますよね?

そうですね。より生活に近づけたイメージですね。
湯治宿って温泉のクオリティーが抜群なんですよ。でないと、治癒出来ないですからね。でも、それ以外のことには手を掛けないんですよね。あえてサービスしないんですよ。ご飯も出て来ないんです。同じ宿に連泊することによる食の偏りを防ぐとか色んな理由があるんですが、基本は自分でどうぞ、自分の為に作ってくださいっていう(笑)
自炊室で地元の野菜を調理して、温泉に入って、ゆっくりして、それを一日に何回か繰り返して、だんだん疲れや病気を手放していく。でも、それって普段の生活の中でも温泉があれば出来ることじゃないかなって思うんですよね。

ー 都会にいると余計なものが入り込んでくるので感性が鈍りがちになります。もちろん、自分次第ではあるんですが、別府に帰ってくるとその余計なものが抜けていく感覚があるんですよね。1日目、2日目とかはまだ東京の匂いがするんですけど、1週間もいると別府の匂いになってくるんですよね。その辺りからモードが切り替わるんですよね。メリハリとかバランスなのかもしれませんが、僕にとっては別府に帰ることが湯治になってるのかもしれないです。

東京神父より、別府神父の方がいいんじゃないですか?(笑)
でも、まさしくそうで解き放つための手段なんですよね。だから私は湯治をもう一度定義しなおそうと思って、「自分のからだとこころを見つめ直す時間」っていう風に位置付けたんですよね。そうなると温泉に入ること以外も大事になって来て、ライフスタイルそのものになってくるんですよ。温泉の近くに住むということを再価値したいなと思ったので、「湯治ぐらし」と言う屋号を付けて、それを具現化する場所としてシェアハウスを作ったんです。そして情報発信していく為のコミュニティーとして「湯治女子」と「湯治男子」を作ったんですね。この二つは将来ユナイトさせたくて、いつかは湯治ワンワールドにしていきたいなと思ってます。湯治する為に日本に来る海外の方も増やして行きたいですね。

雨の鉄輪温泉



ー 日本には独特な湯治文化、入浴文化、温泉文化がありますからね。

私は、観光旅行じゃなくて関係旅行が大切って言ってるんですけど、関係を編みなおして、そういう場所や温泉にドロップインしたい、自分を鞣したいっていう人達が集まる日本になっていって、それぞれの違う文化や食をそこでアレンジしてもらって、日本が観光っていうよりは湯治国家みたいになったらいいなっていうのが私の夢なんですけど(笑)

ー 夢が大きくていいですね。例えば、湯治女子の日本人と湯治男子のアメリカ人が付き合って、結婚して子供が生まれて、温泉地で湯治をライフスタイルにして生きていくっていうのも面白いですよね。そのうちananとかで「湯治とSEX」みたいな特集が組まれたり(笑)

最高ですね。(笑)
でも、江戸時代の文献には湯治中はエッチしちゃダメって書いてましたね(笑)

ー え!そうなんですか?なんでだろう。

貝原益軒さんという本草学者、儒学者が湯治の効果について書いてるんですけど、房事(ぼうじ)はダメだと。

街の至る所で湯けむりが上がる



ー 房事って性交のことですよね。でも、たしかに出発点はあくまで1人ですからね。自分の身体と心を見つめ直すことが最優先。そこに性的なものは必要ないのかもしれないですね。
少し話が逸れますが、僕温泉(お風呂)に潜るのが好きなんですよ。目を閉じてお湯に潜ると自分の心臓の音だけが聞こえてきて、羊水の中にいる赤ちゃんの気分を疑似体験出来るんですよね。そういうのもある意味では心の癒しを求めてやってるのかもしれないですね。


温泉って湧き出てくるものじゃないですか?
別府に降った雨が大地に浸透して、何百年前のマグマと何千万年前の地質から出たミネラルを受け取って、やっと50年経って温泉として地上に出てくるんですよね。そんな凄い神秘の自然循環を考えると、たかだか何年の私達の人生はちっぽけだなと思う瞬間があるんです。でも、だからこそこの一瞬が大事である事にも気付くことが出来る。
神父さんが言うように羊水の中にいるような感覚になったり、あるがままの姿に戻れたり、宇宙を感じたり、すぐに自然と繋がれたり、沢山のことを教えてくれるのが温泉なんですよね。

都会にはない日常



ー 今降っている雨も50年後には温泉になるってことですね。浪漫がありますね。菅野さんは「湯治ぐらし」を通じて、どんなことを伝えていきたいと思ってますか?

日本は元々自然のことを「じねん」って言ってたみたいで。自然薯のじねんですよね。読み返すと「自ずから然り」。ネイチャーとかって概念は欧米から入ってきた考え方らしくて、それまでの日本人はあるがままの自然が、自然だったらしいんですよ。森はそのまま、石もそのまま、温泉もそのまま湧いてる。そこに私達がいる。この自然(じねん)って言葉が私は好きで、あるがままに戻れる場所が私にとっては温泉なんです。
自分がいびつでもブサイクでも、温泉は当たり前のようにふっと入ってきてくれるし、このままでいいんだって思わせてくれる。そうすると自分の弱みとか強みとかが認識出来るんです。自分を取り出して、「あ、私ってこうなんだ。こんないびつな形をしてるんだ」ってあるがままを認めたら、次また頑張れるんじゃないのかなって。そういう「自分のからだとこころを見つめ直す時間」がとても大切なんだということを「湯治ぐらし」を通して伝えていきたいことですね。
ただ、なかなかこういう精神的なことは伝わりにくいので、もっとアウトプットを増やして、プログラムにしたり、サービスにしたりしたいなと。まだ今はその発展途上って感じですね。

渋の湯



ー なるほど。僕もこの「別府温泉ルートハチハチ」という企画では温泉ではなく、人にフォーカスを当てて撮影しています。それこそ「あるがまま」のその人を撮りたいって思って撮影してますね。

神父さんが写真というアウトプットで別府や温泉を表現する時に、「メインディッシュは人で、温泉はデザート」って書いているのを見て、私もこの88人の中の1人に入りたいって思ったし、別府の温泉の良さとか、私の考えや、神父さんの考えを伝えるお手伝いが出来たらいいなと思って、「ハイ!」って手を挙げたんですよね。

湯けむりを眺める菅野さんと「湯治ぐらし」に住む渡邉さん



ー 撮影する時に鉄輪(かんなわ)温泉にこだわりたいと仰っていました。すじ湯や渋の湯など、鉄輪の温泉で撮影したいと思ったのは、住んでいる以外にも理由があったんですよね?

鉄輪が私に与えてくれたものは本当に大きくて、趣味で湯治旅を日本全国でやってきて170か所ぐらい行ったんです。ただ湯治場と呼べるような場所はほとんどなくて、ただの観光地になっているんですよね。
そんな中、西日本だと別府の鉄輪という所に湯治場が残っているという話を聞きつけて、最後の最後170か所目にやってきたんですよ。まさに旅の終わりですよね。
2018年の11月に初めて鉄輪に来たんですが、その時に柳屋の栄子さんに出会ったんですね。湯治場を新しくアップデートしている女性の経営者さんに出会って、凄い刺激を受けたんですね。
今まで訪れた湯治場ってもうニーズがないから、廃れて行く一方の場所が多かったんです。男社会でとても保守的で。女性が新しくやって来て改革してるのは本当に凄いなと。もちろんイタズラに改革しているわけじゃなくて、元々あった湯治文化を大事に発掘しているように見えて感銘を受けたんですね。
その日のうちに冨士屋一也百 Hall&Galleryの治子さんを紹介して頂いて。今はギャラリーやイベントスペースですが、元々は「冨士屋旅館」という旅館で、様々な著名人が泊まりに来ていたらしいです。その建物を取り壊す当日に「やっぱり取り壊せない!残さなきゃ鉄輪じゃない」って言ったのが安波家の治子さんだったそうなんですよね。なんて素晴らしい人達がいる街なんだろうって。求めていた湯治場はここだと感じました。

温泉に抱かれる菅野さん



ー たしかに菅野さんにとっては温泉場ではなく、湯治場であることに意味がありますからね。そのお二人との出会いが鉄輪に移住してきた1番のきっかけだったわけですね。

治子さんに「この街を一望出来る湯けむり展望台っていう場所に行きたいんです」と言ったら、「そこじゃなくて、ここから登ったら綺麗な景色が見れるわよ」と言われて、冨士屋ギャラリー近くの急な坂を登った場所まで行ったんですよ。時間的にちょうどマジックアワーで、夕日が沈み始めて、坂の下に見える鉄輪の街にオレンジの灯がぽっ、ぽっ、と点き始めた時だったんですよ。湯けむりが上がるその景色にすっごい感動して。「この街、生きてる!」って。
これだけの湯けむりって人間の手を介さないと上がらないし、そこに息付いて生きている人達がいて、文化を継承している。それを新しくアップデートしようとしている人達が今目の前のこの街にいるんだって思ったら、ゾワってしちゃって(笑)「私ここに住みたい!」ってなっちゃったんですよ。移住のいの字も考えてなかったので、完全に一目惚れですよね。
その時期、「いつやるの?今でしょ?」が流行ってたこともあって、11月に旅をして、2月には栄子さんと治子さんにも協力して頂きながら家探しをして、3月には引っ越してましたね(笑)


菅野さんが景色に感動した同じ場所で撮影



ー 僕もそうでしたけど、地元の人達はこの環境がいかに特殊で、代え難いものなのかに気付いてないんですよね。温泉が日常だから。今や100か国以上の人が暮らしているこの街が、どれだけカオスで面白い環境なのかにピンと来てない気がするんですよね。
情報発信している人や移住してきた人達が、この温度差をぬる湯と熱湯をブレンドするみたいにかき混ぜることが出来たら、別府は本当に世界一の街になれるポテンシャルを持っていると僕は思うんですけどね。


私もそう思います。ただ地元の人達にリスペクトはしなきゃいけないと思ってます。私達みたいな余所者がやってきて、面白いねって取り上げて、ガチャガチャしちゃいけないって思ってます。凄く大切にすくわなきゃいけないって思います。すくうっていうのはヘルプやセイブじゃなくて、スクープするって意味ですね。手のひらですくう、そんな感覚です。




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