BEPPU ONSEN ROUTE 88

No.36

渡邊健太と息子たち

春日温泉 大正8年創業の公衆浴場

宮崎県串間市で塩職人をしている渡邊健太、通称ネジ君。いつも笑顔でパワー溢れる男が別府に足繁く通う理由とは?シングルファーザーとしても頑張るネジ君を春日温泉で3人の息子と一緒に撮影しました。


Writer & Photographer : 東京神父

別府駅前通り

まずは簡単な生い立ちを教えてください。

ネジ:茨城と青森のハーフなんです。親が成田空港で出会って僕が生まれて、千葉で生まれ育ちました。今でこそこういう明るい感じですけど、小さい頃は授業中手もあげられないくらい赤面症で、そういうのがすごく嫌でなりたい自分みたいなものに近づこうとちょっとずつ改善していって変わってきた感じです。中2で生徒会副会長になって、野球を高校までやってました。

僕とちょっと似てますね。僕も人生で何度か大きなきっかけがあって今みたいな人間になってるんですが、ネジ君は何か大きなきっかけとかありました?

ネジ:高卒で就職したんですが、19歳の時に急に弟が「お兄ちゃんバーテンになれば」って言い出して「それイイね!わかった」って(笑)働きながら、実家の部屋をバーにしてバーテンゴッコをしてたんです。21歳の時に初めて海外旅行でバリに行ったら凄い良くて、俺の人生こっちだ!と思って脱サラしちゃいました(笑)

スポンジみたいな性格ですね(笑)バリから人生が変わり始めた感じですか?

ネジ:そのままバリに住もうかとも思ったんですけど、ただバリしか知らないからとりあえず世界中見たほうがいいよなと思った時に、たまたま新聞の広告欄にピースボート(世界一周の船旅をはじめ、国際交流の船旅をコーディネートするNGO)のことが載ってて。これは乗れってことだなと思ってその半年後にはもう船に乗ってましたね。


海門寺公園にて

思い付いたら即行動の人なんですね。

ネジ:そうですね。それで20カ国を3ヶ月半ぐらいで周って。それがその後の人生に影響を与えてるので、大きなきっかけだったと思います。船もデカくて僕らの時は1000人以上乗ってたんですよ。

自分らみたいに金がない人がなんで乗れたかって言うと、ピースボートってボランティアスタッフ制度ってのがあるんですね。PRのポスターあるじゃないですか。あれをお店に頼んで貼らせてもらうんですけど、許可もらってポスター3枚貼ると船賃が1000円割引になるんですよ。それで半年で110万くらいポスター貼りで貯めてなんとか乗れることになったんですよね。今「ネジ」って名前を名乗ってるんですけど、そう呼ばれるようになったのもピースボートがきっかけですね。

「あぁ、この人は頭のおかしな人だ」って顔をされるんですけど、それが心地良いというか




ネジは自分で付けた名前ですか?

ネジ:19歳の時に自分でつけた名前ですね。ヒップホップがすごい好きで、ラップやろうってなった時に流れで付けた名前です。

就職先の工場を見まわした時に思ったんです「ネジってすげー」って。工場、車、パソコン、携帯、あらゆるものを繋いでるなって。オスとメスがあって、ネジ切りがしてあって、ただただ真っ直ぐ。すごく単純でシンプルで力を誇示せず何かと何かを繋いでいる。そんな力を持った人と人を繋ぐ「ネジ」になりたいと思って19歳の時に名乗りました。

当時はそんなに呼ばれることもなかったんですが、ピースボートってあだ名文化があるって聞いたんですよね。「元カレ」ってあだ名のやつがいたり(笑)それで自分でネジのロゴ作って持っていったんですよ。そしたら「それなんですか?」って聞かれるわけです。「僕、ネジになりたいんですよ」って言うと「あぁ、この人は頭のおかしな人だ」って顔をされるんですけど、それが心地良いというか。


自由に生きていたい

名前って人のアイデンティティを決める最初のきっかけですよね。僕もそうだけどなりたい自分を強く意識する人ほど、あだ名や通称をつけたくなるのかもしれないですよね。変態になりたい!って思うがあまり「東京神父」や「ネジ」っていうおかしな名前を付けるっていう(笑)

ネジ:同感です。渡邊健太がなりたいネジ像っていうのがあって、そう呼ばれる度に僕の中でアイデンティティが変わっていったのはあると思いますね。

ピースボートというきっかけで世界を旅して、ネジというアイデンティティが生まれたのが23歳くらいってことですよね?

ネジ:そうですね。世界を見たことも大きな刺激になりましたけど、自分に自信が持てるようになったことが大きかったですね。僕は元々環境問題とかにも関心があって、ピースボートでさらにその想いが強くなって、原発問題とかそういうことに人生を捧げるようになっていくんですね。

原発に関しては具体的にどういう活動を?

ネジ:核燃料サイクル事業って言うんですけど、「原発・再処理・高速増殖炉」って3つの工程があるんです。この再処理工場ってのが青森県の六ヶ所村に建設されていて、ここの本格稼働だけはどうしても止めたかった。(当時は信じきってましたが、今はそれが正しいのか僕には分からないと言う結論に至ります)反対の署名を集めたり、パレードやイベントなどをして反対の声を高める活動をしていました。

その後、どうして宮崎に住むことになったんでしょうか?

ネジ:2011年の東日本大震災がきっかけです。福島第1原子力発電所が津波被害に遭い、僕はリアルタイムで放射能数値が確認できるサイトを凝視していました。3月14日の23時ごろ、そのサイトで茨城県の観測数値が80倍くらいに跳ね上がった瞬間を見てしまったんです。急いで身支度をして、翌15日の朝方にあても無く西へ西へと避難しました。知人の情報を頼りにすがる思いで辿り着いたのが、宮崎県の最南端の山の中でした。


仲良し家族

宮崎に移住してからはどんな生活を送ってましたか?塩を作ることになった経緯も知りたいです。

ネジ:千葉からあてもなくやってきた僕たち家族を家に招き入れて下さった家族がいたんです。「ネジ、いっしょに働いてくれない?返事は3日後に頂戴」っていきなり言われました(笑)彼はちょうどNPO法人を立ち上げ、一緒に働く仲間を探しているタイミングだったんです。それで家族にろくに相談する事もなく「う、うん!!」と決めてしまいました。

ちひろちゃんの姿に「ただ生きているだけでいいんだ」と強く感じて




本当に思い付いたら即行動ですね(笑)

ネジ:その場所が吉田好男さんと言うお爺さんが開いた無農薬みかん山で、仲間たちと塩釜を作り塩を炊く文化があったんですよ。そのやり方を習い、宮崎に来た瞬間に塩職人になっていました(笑)

NPOスタッフは1年で卒業し、その後は独立して個人で塩を作り続けています。今は子宝に恵まれて、息子が3人になり、充実した毎日を過ごしています。ただ、4年前に離婚して、今は3児のシングルファザーですね。塩職人は太平洋が在庫なんで、マイペースに息子達と楽しく生活しています。


温泉も喜んでいるようだ

太平洋が在庫。確かに(笑)その後、ちひろちゃん(現在の彼女)と出逢って別府に来ることになると思うんですが、二人の簡単な馴れ初めを教えてください。

ネジ:僕もちひろちゃんも「西野亮廣エンタメ研究所」のメンバーで、彼女が全国旅をしてる時に宮崎で初めて会いました。2度目の再会が熊本で、翌日にちひろちゃんが別府へ行くと言うんです。

湯ぶっかけ祭りの話しを聞いて「絶対行きたい!」と思って車で別府まで送る事にしました。その時間がとても心地良くて、ちひろちゃんの姿に「ただ生きているだけでいいんだ」と強く感じて。その言葉を伝えたら「けっこんして!」と言われて今に至ります(笑)


「全ての人の人生に別府が必要だ」って思うようになってますね(笑)




二人を見てて思うんですが、本当にありのまま楽しく付き合ってる感じがしますよね。彼女が別府に住んでいるから別府に通うことになったと思うんですけど、別府の街や人の印象は?

ネジ:いいなー、羨ましいなーって思ってますね。僕は宮崎に住んでるんですが移住者じゃないですか。やっぱり移住者が煙たがられる田舎って多いんですよね。宮崎に限らずですけど。別府は余所者を受け入れるっていうDNAがあるじゃないですか。理由は色々あると思うんですけど、異質なものが異質なまま受け入れられてるのは本当に羨ましいなーと思います。

僕は別府には住んでないですけど「全ての人の人生に別府が必要だ」って思うようになってますね(笑)通う度に癒されてますし、自分は自分でいいんだと肩の力を抜ける場所になってますね。

僕はネジ君みたいな人は別府が凄く合ってると思っていて、最初からオープンになってる人には別府の人はオープンになってくれるんですよ。別府が好きな人が別府の人は好きだから(笑)
さっき言ってた「太平洋が在庫だ」っていう、そういう発想とか器の大きさみたいなものがある人は別府が好きになるだろうし、そういう人を面白がってくれるのが別府の人だと思うんですよね。通ってる間に温泉には入ったりしてますか?

ネジ:実は僕も名人になりたくて今八段まで来てるんですよね。だからあと残り20か所くらいかな。彼女がスパポートを用意してくれたので、子供達も最近始めました。温泉名人なりたいですねー。

鉄輪の湯けむりとか見ると「地球って生きてんだなー」って冗談抜きに思いますよね




是非別府に通って名人になって欲しいですね。今まで行ってよかった温泉とかありますか?

ネジ:色々ありますけど、竹瓦温泉の風貌が凄く好きですね。なんか異世界ですよね。別府の温泉って2つ良さがあると思うんですよ。

1つは別府にしかないきったねー温泉。そういうと語弊があるか(笑)歴史のある温泉ですよね。人も番台もいない、シャワーもないみたいな。自分が今住んでいる家の風呂もそんな感じなんですが、最初は衝撃を受けましたよね。過去にトリップ出来るというか。あのなんとも言えない時空を超えた楽しみ方が出来るってことですよね。

もう1つはその逆で、旅行雑誌に出て来るような絶景風呂や鉄輪温泉の湯けむりだったり、品のある温泉にも気軽に入れるってこと。その両方が楽しめるって他にないと思いますし、その混沌さが街や人だけじゃなく、温泉にもあるっていうのが「受け入れる街」別府を表してるみたいで面白いですよね。


長男の楽来君

外から来るとそういう感動ってやっぱりありますよね。古き良きものと新しいものがこの街で融合して、不易流行が出来上がってる。

ネジ:まさにそれですよね。もちろん住んでる人にとっては暮らしだからそんな綺麗なもんじゃないのかもしれませんけど、鉄輪の湯けむりとか見ると「地球って生きてんだなー」って冗談抜きに思いますよね。太平洋が在庫な僕としては割とそういう視点で見ることが多いので、この街はおもしれーなーって毎回思いますね。

他に何か別府で衝撃を受けたことはありますか?

ネジ:ラクテンチ」とか衝撃でしたね。カタカナで「ラクテンチ」って山に書いてあるじゃないですか、ハリウッドの看板みたいに(笑)シュール過ぎるなと(笑)イカれた人が開拓した街なんだなーと至る所で思いますね。もちろんいい意味ですけど。


次男の縁君

たしかに(笑)別府の人は当たり前すぎて気にしたこともないと思いますが。

ネジ:なんか安心出来ますよ。昨日今日イカれたんじゃないんだなーって(笑)年季というか、文化の厚みが違うというか。


三男の福君

外から見た別府って「温泉」が分かりやすい魅力だとは思いますが、ネジ君から見た別府の魅力ってなんだと思います?

ネジ:僕はまだ全部を見たわけじゃないですけど、やっぱり「人」ですかね。僕、別府の市長が結構好きで。やっぱり政治の力って大事だと思うんですよ。リーダーがあの目線の低さを持ってるってのは魅力の一つですよね。

あとは竹瓦温泉って市営じゃないですか、その温泉の周りが風俗街ってイカれてるなーと思うわけですよ。そう考えると別府の魅力って人も含めての「イカれ具合」かもしれないですね。必ずしも共感してるわけじゃないのに異質なものが異質なまま隣り合ってることの凄さというか。

不正解があるから正解もあるっていうことを別府の街は教えてくれてる気がしますね




まさに多様性。ダイバーシティな社会がこの街にはありますよね。

ネジ:川も魚がいて、タニシがいて成り立つわけで。みんな違うじゃないですか。それが自然なんですよね。イカれたって表現しましたけど、言い換えれば自然ってことなんですよね。

正解もあれば不正解もある。今の世の中は正解ばっかりじゃないですか。でも、不正解があるから正解もあるっていうことを別府の街は教えてくれてる気がしますね。

人間の営みっていう意味で言えば、それこそ「イカれてる」のかもしれないですけど、生態系の中で生きていると考えたら「自然」ってことなのかもしれないですね。

ネジ:僕自身、何か奇をてらってこういう生き方をしてるわけじゃないんですよね。僕からしたらこれが普通、自然なんですよね。でも、その他の人の普通を僕は否定しないし、その人がその人らしいのであればどんな生き方でもいいんですよね。別府にそういう生き方をしてる方が多いのか少ないのかは分かりませんが、少なくともそれを否定しない人達が住んでいるってことは間違いないと思います。

そういう話を聞く度に、手間はかかりますが真摯に向き合おうって思います




今日はありがとうございます。最後にこれから別府に来る人へメッセージをお願いします。

ネジ:別府は自分の中の普通とか自然を再確認出来る場所だと思います。自分という人間を別府を通して感じてみる。これは他の街ではなかなか体験出来ないことだと思います。僕も別府で色々と考えさせられましたし、塩作りにも生かしてます。

そうだ、塩の宣伝もしておきましょう。「ハッピーソルト」って名前がいいですよね。僕も料理によく使わせてもらってますが、他の塩と何か違うんですよね。成分とかそういうのが違うんでしょうか?

ネジ:愛じゃないですかね?

それをサラッと言えるのがカッコいいです。

ネジ:半分は僕の汗で出来てますから(笑)まぁそれは冗談ですけど、食べる人の顔が浮かんでることが大きいと思いますね。塩を作り始めてからずっと配送まで全部自分でやってるから、そりゃぁ声は届いてて。

おにぎりが好きじゃなかった子が僕の塩で作った塩むすびを食べて大好物になって。ある時お婆ちゃんが不憫だからっておにぎりに具を入れたらしいんですよね。そしたらその子が「なんで具を入れたんだ!塩味が台無しじゃないか!」って言ったらしくて(笑)なんだこのエピソード!最高じゃないか!って。

僕の作る塩で人が笑顔になったり、そういう話を聞く度に、手間はかかりますが真摯に向き合おうって思います。余計な具はいらないぞって(笑)

めちゃくちゃいい話ですね。人も源泉かけ流しであるべきってことですね(笑)

ネジ:そうそう!自然のまま、ありのままでいい!


撮影でお世話になった坂井慎一さんと一緒に

MODEL PROFILE

名前:渡邊健太(Watanabe Kenta)
通称:ネジ/年齢:35歳/出身:千葉/職業:塩職人
(写真中央上)

名前:渡邊楽来(Watanabe Raku)
年齢:11歳/出身:宮崎/職業:小学生
(写真右)

名前:渡邊縁(Watanabe En)
年齢:9歳/出身:宮崎/職業:小学生
(写真左)

名前:渡邊福(Watanabe Fuku)
年齢:7歳/出身:宮崎/職業:小学生
(写真中央下)


CREDIT

タイトル:Screw, Salt, Smile Soldier
撮影日:2020年10月24日
写真撮影&インタビュー:東京神父

撮影協力:春日温泉、別府市、別府市温泉課、坂井慎一さん、きざきちひろさんハッピーソルト

※温泉や個人の情報は全て撮影当時のものです。

ONSEN INFO

春日温泉

表通りからはそこに温泉があるのか分からない外観(看板は出てますが)になっており、木造の扉や番台の雰囲気に味がある。生まれた時からずっとこの温泉に通っているという近所の方も多い歴史ある温泉。



住所:大分県別府市駅前本町6−16


営業時間:6:30〜11:30、15:00〜23:00
(定休日:不定休)


入浴料金:100円


泉質:炭酸水素塩泉


地図:湯巡りマップ


公式HP:別府八湯温泉道サイト



BEPPU ONSEN ROUTE 88