BEPPU ONSEN ROUTE 88

No.49

田多弘幸

若草温泉 黄色いパトランプが目印

若い頃の事故で高次脳機能障害になった田多さん。2017年から別府に移住し、今は別府の温泉と人に日々助けられる生活だという。精神的な病に対して、温泉の効能は果たしてあるのか?本人の体験を交えて別府温泉の凄さを語ってもらいました。


Writer & Photographer : 東京神父

若草温泉近くの若草港にて

まずは簡単な生い立ちを教えてください。

田多:大分県に生まれて、2才で北九州、幼稚園は広島、小1から小4まで千葉、小5から中1まで名古屋、そこから大分に帰ってきました。25歳の時に交通事故にあって、「高次脳機能障害」という脳の障がいになり、そこから人生が大きく変わって、今の今まで捕われ続けてます。睡眠障害がひどくて眠れないんですよ。色々とそんなことで悩んでいたら、いつのまにか47歳になっていたと。

今は笑ってお話してくれてますが、なかなかハードな人生ですよね。別府に来たのはいつ頃ですか?

田多:6年前なので、2017年ですね。別府に行こうと思ったわけではなく仕事で来ました。事故の影響もあるんですが、障がいのせいでなかなか仕事も続かないことが多くて。昔から社会と合わないことに常に葛藤がありました。医大の精神科などに通ったり、色々調べていくうちにHSPということも分かり、最近ではようやく自分の現状や病状を客観視できるようになりました。

温泉に毎日入れるということの有り難さ




眠れないというのは今もですか?

田多:2001年の事故以来ずっとですね。22年間になります。事故の後遺症なので考えてもしょうがないですし、そこに固執してしまっているから何も成せないのは分かってはいるのですが、常に自分の内面と戦っている感覚ですね。神父さんのおかげもあって最近良き出逢いがありまして、今は別府の方達に助けられている日々かもしれません。

別府に来てから何か変わったことはありますか?

田多:メリットの方が圧倒的に多いですね。まず温泉に毎日入れるということの有り難さ。他県と違って格安で入れますし。そして、その効果はやはり絶大なものがありますね。それから人がやっぱり優しいですよね。


若草温泉にて

やっぱり別府は人がいい、ですよね。たまに頑固な方もいらっしゃいますが(笑)

田多:別府に来た頃は上原町に住んでいたので上原温泉に行ってたんですが、かなり熱い温泉で。僕はあつ湯が得意ではないので水を入れたいんですが、水を入れると怒る方がいらっしゃって(笑)

女子風呂には湯婆婆みたいな人がいるって聞いたことがありますが、男湯にもいますか?まぁ場所や時間帯にもよりますかね。

田多:もちろん、そこはコミュニケーションだってことは分かってはいるんですが、毎日のことだとやっぱりきつくて。近所でもっとぬるめのお湯の温泉はないかと探して、浜脇温泉に通ってました。あそこはぬる湯がありますから。しばらくは浜脇に通ってたんですが、障がい者割り引きがなくなったんですよね。

そのタイミングで友人が若草温泉は100円だよと教えてくれて。バイクがあるので、そこからは今回撮影させていただいた若草温泉に通ってました。熱いのに入るよりも、少し遠くてもぬるくて(多少水を入れても大丈夫)安い温泉に行く方を選びましたね。

自分が1番入りやすい環境の温泉を探したら若草に辿り着いたって感じですかね?

田多:そうですね。若草温泉は1年くらい通ってましたかね。


若草温泉での思い出って何かありますか?

田多:昔はたしか印刷屋のご夫妻が管理してたかと思うんですが、お二人ともとてもよくしてくださって。たまにジュースをもらったりとか。旦那さんの方は呼吸がよろしくないみたいで、管を付けながら温泉に入られてました。今管理されている長井さんや菅さん夫妻もそうですけど、とにかく優しいですし、いい意味で世話焼きの方が多いなと。あとはお水を出して怒る人はほとんどいませんでしたね(笑)


黄色いパトランプが目印

温泉の加水問題は実際に毎日公衆浴場に通う人にとってみたら、大きな問題ですよね。

田多:熱い温泉が苦手な人にしてみたら、気兼ねなく入れてもいい環境は大事ですね。人が長時間入っていないと源泉掛け流しの場合どんどん熱くなりますから、若草温泉も熱い時はとても熱かったですしね。別府は水道水の方が温泉よりも高いから、管理する側はあまり加水して欲しくないでしょうし。でも、若草で仲良くなったおばちゃんは「じゃんじゃん水入れて大丈夫よ」って言ってくれてましたね(笑)

地域や人で全然違いますよね。今は若草温泉ではなく違う温泉に通っていると聞きましたが。

田多:今は上原から引っ越したので、鶴見病院近くの「吉弘第二温泉」という温泉に通っています。組合員専用、いわゆる「ジモ泉」というやつです。大体同じ時間に入りに行くので必然的に顔見知りも増えますね。


雲が湯けむりのよう

正しくは「ジモ専」と書くらしく、地元専用(一般の方はお断り)略してジモ専らしいです。何か思い出とかありますか?

田多:あ、そうなんですね。それは初めて知りました。僕は剣道をやってたので武道に興味があるんですが、合気道をやりたいなと思っていたら、同じ時間に入っているおじさんが合気道の先生だったんですよ。しかも、その方大のぬる湯好きで(笑)僕のためにぬるくしてくれてるんじゃないかってくらいなので、とても助かってます。今では柿やポポーをもらうくらいの仲になりました。

ポポー?(笑)

田多:魂そういう果物があるんですよ。あけびみたいな。「うちにポポーがなってるから取りに来なよ」って言ってくれたり。

ポポーもくれて温泉もぬるくしてくれて合気道の話もできて、最高ですね。

田多:温泉の神様かもしれないですね(笑)

僕の身体で実証済みです(笑)




人との付き合いとかマナーとか思いやりとか、温泉で学ぶことも多いですよね。

田多:別府には小さい頃から温泉に通ってる人も多いでしょうから「周りを見る」ってことを学ぶ良い場所になっているのかもしれないですよね。

温泉に入るようになってから、何か病気や障がいに影響ってありますか?

田多:先ほどもお話しましたが、僕は睡眠障害がひどくて。1日2〜3時間眠れたらいい方で、全く眠れない日もあります。温泉に入るようになってからは温熱効果なのか、眠れる率は間違いなく上がりましたね。これは思い込みもあるとは思いますが、温泉に入らないと眠れないって脳が思ってしまっているので、温泉に入らないと逆に寝られない身体になってしまいました(笑)そういう意味では温泉に救われてますね。


実感出来ると思い込みの力も強くなりますよね。

田多:水道のお湯のお風呂とは明らかに違いますね。僕の身体で実証済みです(笑)別府から離れられない身体になってきてるかもしれないですね。


おしゃれするのが大好きだという田多さん

改めて病気のことをお聞きしても良いですか?

田多:高次脳機能障害は大きく3つあって「記憶障害」「注意障害」「社会的行動障害」と、細かく言えば遂行機能障害とか睡眠障害とかもあります。空間把握能力も低いですし、短期記憶が苦手なので忘れ物も多いし、注意力がないのでうっかりが多くて準備が下手。社会で生きていくのが困難な障がいですよね。

たしかに今日も思い当たる節がありましたね。これは決して責めてるわけではないですし、僕は面白いなと思っちゃったんですが、温泉の撮影で温泉に入ると思ってなかったところとか(笑)

田多:事前に説明も受けましたしね(笑)ボケてました。抜けてるで済まされているうちはいいんですが、思い込みや決めつけが凄いんですよね。

プラスに思い込めばとても強いと思うのですが、でも多分そういうことじゃないんでしょうね。

田多:考えたらわかることが、わからなかったりすることが多々ありますよね。社会は許してくれないですからね。

僕の1番の望みは「眠ること」だったんですね。昔はそれが第一優先事項だったので、鬱状態になってることも多かったんですよね。眠れないってやっぱり不健康じゃないですか。でも別府に来て、色んな方と触れ合う中で、自分はこの世の中でどんな貢献が出来て、どんな使命があるんだろう、と睡眠以外のことを考えられるようになってきました。

そうやって病気や睡眠に捕われなくなってきたのは、1番の変化かもしれないですし、それは間違いなく別府のおかげなんですよね。こんな僕でも許されるのかもしれないという想いを抱けるようになったと言いますか。


温泉成分表

個人的な話になりますが、僕も別府に長く帰るようになったのが、田多さんと同じ2017年からなんですね。その6年間で別府の人から学んだことが沢山あって。そのうちの一つに「人を許すことの強さ」というのがあって。別府の人はいい意味でも悪い意味でもゆるくて。「いいよ、いいよ」っていう温かな心が強さに繋がってるんじゃないかと。

人は誰しもが弱い存在だとは思いますが、人を許せる人って強い人なんじゃないかなと。もっと人を許せる人が増えれば、世の中も少しは優しくなって、それこそ温泉みたいに温かい空間が広がるんじゃないかと。温泉に入ると「自分は許されている」みたいな気持ちになることがあるんですよね。

田多:たしかに、別府にいると「いいよ、いいよ」って多い気がしますね。社会のルールというより、別府のルールで生きているというか。最低限そこを守ってくれたら、基本的には「いいよ、いいよ」なのかもしれないですね。日常に温泉があって、そこに独自のルールがあって、優しさを学ぶ場でもあり、僕みたいに救われる人達がいて。別府の温泉文化と人の温かさは無関係じゃないかもしれないですね。

見ず知らずのおばちゃんやおじちゃんに声をかけられることも多いですよね。

田多:「タオル貸すわよ」とか「そこ滑らんように、気をつけ」とか、夜の帰り道の心配をしてくれたりとか。田舎だからなのか、別府だからなのか、とにかくそういう会話があるだけで、ほっこりして、いい1日になったりしますからね。

温泉は身体がリラックスするだけじゃなくて、そこでの出逢いや会話も含めて、メンタルの部分が癒されることの方が実は大きいかもしれないですよね。心が開く感じというか。

田多:ちょっと前向きに、ちょっとプラスに、全ては自分次第だと思い出させてくれたり、気付かせてくれたり。

溜め息すら許されるって感じがします。硬いものが柔らかくなりますよね。

田多:そうですよね。温泉で吐く溜め息は気持ちのいいプラスな溜め息な気がしますね。1番の治療ですよね。日常に湯治があるっていうのは。

温泉に一緒に入ることで仲良くなるスピードが変わるような気もします




本当にそうだと思います。プラスに考えないとプラスは寄ってこないですからね。田多さんは病気という意味でも人生という意味でも、今大きな転換点にいるのかもしれないですよね。

この先眠れるようになったり、または眠れないこともプラスに捉えて生きていくことが出来たりとか。もしかしたらそこに捕われていた自分から解放される日が来るかもしれないですよね。そして、それは他のどの街にいるよりも、別府にいることで早期達成出来るかもしれないですよね。

田多:だとしたら、とても素敵ですよね。神父さんともひょうたん温泉に行ったじゃないですか。仲のいい人達みんなで。あれは本当に楽しかったし、日常にも非日常にも「温泉」があるのはこの街ならではだと思います。

街や飲みの場で縁が繋がるのはよくあることですが、温泉で縁が繋がるのは別府だからですよね。神父さんと初めて会ったのもヤングセンターの温泉にあったステンドグラスを再設置するという企画の飲み会を花田さんの古民家でやっていた時で、僕はなんの飲み会かも分からずに参加してましたから(笑)温泉に一緒に入ることで仲良くなるスピードが変わるような気もします。

そうでしたね。あの時はまさかこうして温泉で撮影することになるとは思っていませんでしたね。今日はありがとうございます。最後にこれから別府に来る人へメッセージをお願いします。

田多:とにかくまずは温泉に入って欲しいですね。別府に来て温泉には入らず帰る方も結構いるらしいので。あと僕のように精神疾患がある方は観光というよりも生活して欲しいというのが本音ですね。

心をリラックスさせることがとても大事なので、温泉に入ることで癒されて生活が間違いなく豊かになります。僕自身はもう温泉がないと生きていけなくなってしまいました(笑)そのくらい温泉に救われているので。

まずは観光、そして湯治、そして移住。是非ゆっくりと穏やかに流れる時間を肌で感じて、ほぐされて欲しいですね。


管理人の長井さん、菅さん夫妻と

MODEL PROFILE

名前:田多弘幸(Hiroyuki Tada)
年齢:47歳
出身:大分
職業:放課後デイ指導員補助


CREDIT

タイトル:Loosen up! It’s going to be OK.
撮影日:2023年10月28日
写真撮影&インタビュー:東京神父

撮影協力:若草温泉、別府市、別府市温泉課、長井さん、菅さん夫妻、セカンドストリート別府店

※温泉や個人の情報は全て撮影当時のものです。

ONSEN INFO

若草温泉

約60年前に現自治会長の長井さんの祖父である長井武吉さんが自分で温泉を掘り、泉源、建物全てを別府市に寄贈。以来、地域の温泉として沢山の人に愛されています。温泉の目の前の道の交通量が多いため、温泉外観にはパトランプが設置されています。そのおかげか、今まで一度も事故はないそうです。



住所:大分県別府市若草町9-37


営業時間:6:00〜22:30
(毎月15日13:00~16:00入浴不可)


入浴料金:100円


泉質:炭酸水素塩泉


地図:湯巡りマップ


公式HP:別府八湯温泉道サイト



BEPPU ONSEN ROUTE 88